木材の資質と特性を生かしたデザインで世界的に知られる家具デザイナー、ハンス J. ウェグナー。数々の名作椅子を世に送り出してきました。そのウェグナーがカール・ハンセン&サンに初めてデザインしたのが、美しい座面をフィーチャーし5つの椅子。復刻されたCH23を含め、5つの名作椅子がすべてコレクションにラインアップされています。
「もし生涯の間に、一脚だけ自分が完璧に納得のいく椅子をデザインできると想像してください。でもできないんですよ。」 1952年にハンス J. ウェグナーはこう語っています。椅子の巨匠と名高いデザイナーの口から出た言葉とは思えないコメントです。しかしこの中にこそ、完璧な椅子の追求は絶対に終わることがないと考えた、ウェグナーの確信を解くカギがあるのです。
生涯を通じ、ウェグナーは数々の素晴らしい家具を残してきました。斬新なテーブルも例外ではありませんが、その中枢をなすのは椅子。いずれもが高い独創性と、人為的な要素を感じさせない、ナチュラルな美しいフォルムを備えています。ウェグナーは生涯に渡り、家具デザインという仕事に情熱をもって取り組んだデザイナー。多作なことで知られています。500脚にも及ぶ家具製品をデザインし、その内100点が現在も生産されています。
デニッシュモダン
木材への資質を見極めることで、ウェグナーの右に出るものはいません。これを見てもウェグナーが腕のいい家具職人であることは明確です。ウェグナーは併せ持った稀有な創作力と形状表現力で、デンマークのデザイン界をけん引。第二次大戦後国際的な知名度を得る、デニッシュモダンの確立に貢献しました。使用者との相互関係、オーガニックなフォルムという、機能主義に欠けていた新しい要素を持つ、オーガニックなモダニズムデザインの代弁者でもあります。しかもウェグナーの追求はフォルムだけに留まりませんでした。使用感にこだわった、人間の五感に訴える椅子を目指したのです。
デニッシュモダンをけん引するデザイナーの一人としてウェグナーは、インタビューでこんなコメントを残しています。「多くの外国の方からデンマークのあのスタイルはどうやって創られたのか聞かれます。特別に創り出すようなことはしていないと私はいつも答えています。デンマークのスタイルは、浄化の作業から出来上がったものだからです。私にとっては簡素化のプロセス。とにかく余計なものをできる限り省いて、ミニマムを突き詰めていくのです。残るのは4本の脚、座面、そして背とアームといった具合です。」
若き才能
ハンス J. ウェグナーのデザインへの関心はすでに幼少期に芽生えたと言えます。しかしその才能が開花し、世界的な名声を獲得したのは35歳になってから。ウェグナーの才能に注目した多くの人との出会いが成功の大きな要因ともなっています。生涯に渡り長く続く出会いもいくつかありました。ウェグナーのよきパートナーとしてそのデザインを製作する家具工房、メーカーとの出会いです。その一つが現在も続く、カール・ハンセン&サンとの協働関係です。
ウェグナーは1914年、デンマークのトゥナーに生まれました。ユトランド半島南部に位置するドイツとの国境の町です。早くから木工に興味を持ち、若くして家具職人の下で修業。家具職人の資格を得るとコペンハーゲンに出て、工芸スクール、王立芸術アカデミーで学びます。24歳から自身でデザインした家具の製作を開始。数年で業界関係者の注目を集めるようになっていました。その一つがカール・ハンセン&サン。1949年にウェグナーとの協働関係をスタートさせます。この協働作業はウェグナーの商業的な成功に結びついたほか、カール・ハンセン&サンにとっても大きな躍進を遂げるチャンスとなりました。
協働関係のスタート
カール・ハンセン&サンは1908年にカール・ハンセンによって創業された、同族企業。現在は創始者の孫にあたる、クヌッド・エリック・ハンセン(Knud Erik Hansen)がCEOを務めています。一人で注文家具を製作する工房としてデンマーク、オーデンセに創業したカール・ハンセン&サン。地元の富裕層から依頼を受け、ヴィクトリア王朝スタイルの重厚な注文家具を製作していました。その傍ら、小さなアパートに住む労働者階級に向けた、簡素な既成家具の製作販売にも着手していました。
創業者カール・ハンセンは、生涯を通じ工房の発展に努めました。その基本姿勢は 「優れたモダンデザインを伝統に培われた優れた技巧で製作し、質の高い家具を世に送り出す」。 安価で一過性のデザインが横行する時代に屈することなく、カール・ハンセンが掲げたこの基本姿勢は、109年たった現在もカール・ハンセン&サンに継承されています。
1934年カール・ハンセンが他界し経営のバトンを渡されたのが、15年後にウェグナーの才能に着目する、子息のホルガ―・ハンセンです。ホルガ―・ハンセンはウェグナーにカール・ハンセン&サンが量産販売できる椅子、アームチェア、ソファ、ダイニングテーブルをデザインすることを提案。これは自社を新しい家具市場に参入させる、大胆な提案でした。1949年当時ウェグナーは業界でこそ知られていたものの、一般ではまだ無名なデザイナーの一人にすぎませんでした。ホルガ―・ハンセンへの信頼とその職人たちの技巧に確信を得たウェグナーはこの提案を承諾。図面と書き上げるとすぐにハンセン家に滞在し、子供部屋に寝泊まりしながら、プロトタイプの製作に着手します。
名作家具の誕生
ホルガ―・ハンセンとウェグナーの関係について、クヌッド・エリック・ハンセンは次のように語っています。「お互いにそれぞれを必要としていたようです。木材への愛着と質の高い木工家具を作りたいという情熱がビジネスの基本にあったようです。二人とも優れた家具職人という点で共通していますが、私の父はビジネスマンとしての顔をもっていました。つまり、お互いに足りないものを補っていたのだと思います。同時に二人は深い友情で結ばれたいました。」
カール・ハンセン&サンとの協働関係を機に、ハンス J. ウェグナーの稀有な才能が本格的に始動します。1950年、わずか数週間でCH22、CH23、CH24、 そしてCH25と4つの椅子が完成。業界関係者に披露され、大きな注目を集めました。後日これにCH26が追加されました。
今日ウェグナーの椅子の多くが名作と呼ばれています。特に1950年に発表されたCH24、Yチェアは、「世界一の木製椅子」と呼ばれ、現在商業的に最も成功したウェグナーの椅子となっています。そしてここにきて復刻されたダイニングチェアCH22とCH23。
ウェグナーの才能とクラフトマンシップが映えるこの2つのモデルの復刻により、現在1950年に発表されたすべての椅子が再び市場に出ています。1963年、ウェグナーはシェルチェアを発表します。この椅子は1948年、ニューヨークMOMAが主催したデザインコンぺに出展するために試みた、成形合板技術を基本にデザインされたもの。成形合板を使ったデザインには、この分野の先駆者、チャールズ・イームズと同時期に着手しています。成形合板技術について、その可能性のあまりの大きさから成形合板とムク材、そのどちらを使って行けばいいのか迷ったほど、とウェグナーは後日コメントしています。そしてウェグナーは後者を選択したのです。CH07、シェルチェアは1997年カール・ハンセン&サンから復刻。発表と同時にベストセラー製品に一つとなっています。
世代を超えて続く同族経営
家業の伝統を継ぎ2002年、クヌッド・エリック・ハンセンがトップに就任。カール・ハンセン&サンに新しい風を吹き込みます。就任後すぐに職人技巧を基本に生産体制の合理化、販売ルート及び流通システムの近代化に着手。数年でカール・ハンセン&サンを国際的な家具ブランドへと導きます。現在カール・ハンセン&サンはハンス J. ウェグナー、オーレ・ヴァンシャー、フリッツ・へニングセン、コーア・クリント、モーエンス・コッホ、ポール・ケアホルムのいったデンマーク、ミッドセンチュリーの名作デザインを核にコレクション。同時に安藤忠雄をはじめ、EOOS、ストランド+バス、トーマス・ボー・カステホルム、ナヤ・ウッソン・ポポフといったデザイン界をリードするクリエーターの製品も製作しています。
ハンス J. ウェグナーデザイン事務所との協働関係は今日も密に続いています。ハンス J. ウェグナーが残した図面は、未発表の製品だけでも3500点。ウェグナー事務所はカール・ハンセン&サンにそのいくつかの製品を生産ラインに乗せること許可しています。
ウェグナーデザインの魅力は今日も全く色褪せていません。「私はウェグナーの家具に囲まれ、その製作現場を見ながら生きてきました。彼の木材に対する深い造詣とその使い方は誰にもまねのできないことだと思います。ウェグナー家具は明瞭で明確、そして自然なさりげなさを持っています。デザインの背景やプロセスを知れば、さらにその家具への愛着と敬意の念がわくと思います。すべての家具が100を超える工程を経て、完璧な質を目指して製作されています。これは1908年の創業当時と全く変わっていません。」と世界中の顧客とコンスタントに接触するクヌッド・エリック・ハンセンはコメントします。
この記事は、2014年カール・ハンセン&サンeMAGに掲載された記事の改訂版です。
カール・ハンセン&サンの製品を選ぶことは、単に家具を買うことと同義ではありません。それは、美しく磨き抜かれたクラフトマンシップの長く誇り高い伝統の一部になることなのです。私たちはハンス J. ウェグナーのデザインを世界で最も多く製作する家具メーカーであるとともに、アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン、オーレ・ヴァンシャー、コーア・クリント、ポール・ケアホルム、ボディル・ケア、安藤忠雄など、名だたる家具デザインの巨匠たちの作品も製作しています。100年以上にわたる豊かな歴史を誇るカール・ハンセン&サンは、デンマークデザインを代表する家具を世界中で販売しています。