CH24 解体新書
Introduction
デンマーク家具デザインのアイコンチェアCH24 は14の木製パーツと約150mにも及ぶペーパーコードで作られ、金具を使わずに100以上の手作業の工程を経て完成します。欧米ではその特徴的な背もたれの形が、鳥の胸と首の間にある骨に似ていることからWISHBONE CHAIRと呼ばれますが、日本では一般的にYチェアの愛称で親しまれています。
始まりの物語
Yチェアの始まりは、1943年頃に若きデザイナーであったハンス J. ウェグナーが、ふと手にした書籍で中国・明時代の家具を写真でみたことがきっかけといわれます。以降チャイニーズチェアと呼ばれるいくつもの作品を通して明式家具様式のリ・デザインを重ね、そのひとつの延長線上でYチェアは生まれました。
当時のカール・ハンセン&サンは2代目社長ホルガ―・ハンセンのもと「優れたクラフトマンシップと最新の機械加工技術を融合することで、一般市民が手に入れやすい価格の良質で優れたデザインの家具を製作する」を目指し、才能あふれる若きウェグナーに新しいチェアのデザインを依頼、1949年に協働作業が始まります。
そして優れた家具職人としても高いスキルを持ち木材への深い理解と、新進気鋭のデザイナーとしての熱意をもって、僅か3週間という期間でYチェアを含む5つのチェア(CH22~CH26)をデザインしたのです。
Yチェアは、翌1950年の発売以降、トレンドや美的価値観のめまぐるしい変化の中でも、一度も途切れることなく私たちが製作を続けています。このチェアの成功はハンス J. ウェグナーの家具デザイナーとしての名声を不動のものとし、Yチェアは生涯に500脚以上のチェアデザインを残したというウェグナーのベストセラーとなりました。
パーツの工夫
Yチェアはストイックで緊張感のある空間から、穏やかさを感じる空間まで、あらゆるシーンで活躍します。なかでも最大の魅力はその特徴的なフォルム。シルエットを見ただけでYチェアと分かる、360度どこから見ても美しいフォルムは、14の木製パーツと150mにも及ぶペーパーコードから構成されています。
普段は見ることのできない接合部など、Yチェアの細かな工夫が施されています。
そこにはウェグナーらしい知恵と工夫、そして機械加工と手仕事の両面を大切にしたカール・ハンセン&サンらしい特徴を垣間見ることができます。
① スチームで曲げられた「笠木」
背もたれとアームを兼ねる「笠木」といわれるこのパーツは、角材を蒸気で蒸した後、U字に曲げた状態で乾燥させ形状を安定させる「曲木」という技術で作られています。(マホガニーやチーク材といった硬い樹種は、角材を薄く裁断したのち重ねて張付け電磁気力を用いて曲げる加工)そしてU字に曲がった角材を削り出すことで完成します。歩留まりよくパーツを作り出すことができ、繊維を断ち切ることがないため、大きな力がかかっても耐えられる強度があります。背中の当たる部分には傾斜が付けられ、背の当たり方をより優しくしています。
② 最大の工夫を秘めた「Yパーツ」
14の木製パーツのうち、このパーツだけは3枚の薄い板を接着した「合板」で作られています。
組み立てられたチェアのYパーツをよく見てみると、笠木の形に合わせた緩やかなカーブと、背もたれの当たりに合わせて反ったカーブ、2方向のカーブのある“3次元”のパーツになっています。
この3次元のパーツはいったいどうやって作られているのか。なぜ2次元のパーツが3次元になるのか。ここにYチェアの最大の工夫が隠されています。
まず3枚の薄板を接着し熱を当ててカーブさせたのち、最新の機械を用いてYの型に成型されます。背もたれの当たりに合わせて反ったカーブが出来上がりました。この段階では1方向のカーブのある、2次元の形をしたパーツです。
そして組み立てる際に、このパーツに力を加えひねりながら笠木の穴に差し込み、3次元に仕立てます。
Yの形ゆえ、2点(後脚も含めると4点)で笠木をより安定的に支えることができます。この形は、組立工法上必要です。V型の隙間はゆったり座った時に曲線を描く人間の背骨を包み込み、チェアを引くときの取手としての機能も持ち合わせます。合板の特徴を生かし構造上の強度や組立の容易さを実現しつつ、人間工学的な機能性を持たせています。
③④ 優美な曲線を描く「後脚」
伸びやかかつ優美な形で、チェアを後ろから見ると若干外に広がるように組まれたふくよかな形の後脚は、一見すると3次元にも見えますが実は2次元です。大きくS字にカーブした角材の天と地を固定し、最新の機械加工技術を用いて美しく削り出されます。S字に切り出すことで、繊維に沿った木目が、脚のカーブに馴染みます。プラスチックや金属にはない木目という素材の表情を活かし、合理的で無駄のないパーツの取りだし方を実現しています。
⑤⑦⑧こだわりの素材で作られる「座枠(フロント・サイド)」
⑦⑧の座枠は、Yチェアの仕上げ・材種に関わらず、全てビーチ材で作られています。緻密な木質で割れにくく、粘り気が強いビーチ材は、体重が一番かかる座枠に適しています。一番大きな力がかかるパーツのセンター部分を太くデザインし、外周部分を丸く削ることで、腿の当たりを軽減すると同時に、ペーパーコードを傷めにくくします。
⑥ 繊細な配慮で作られる「座枠(バック)」
ペーパーコードを通す穴の細かな加工や、ペーパーコードの強い力がかかる部分には、加工において特に繊細な配慮が必要なパーツです。フレームと同じ木材を用いています。
⑨⑩ シンプルな工夫の込められた「前脚」
角材を回転させながら、丸みを帯びた軽快な形状に、無垢材を削り出して作られます。後脚と同様に座枠のホゾ穴を上下に分けて作ることで、ホゾの長さを十分に取りながら木材の加工も容易にしています。結果として、封筒のような形で編まれたペーパーコードの座面は左右が高く、前後が低くなります。これが座面に自然な立体感と陰影を与えるとともに、腿の部分のクッションのような役割も果たすようになります。
⑪⑫ 強固な構造とダイナミックさを生む「貫(サイド)」
平たい部材で前脚と後脚を幅広くがっちりと支え、Yチェアを構造的に強くしているパーツです。特にホゾの周りには、接続する先の脚の丸い形状に合わせた「胴」といわれる部分があるため、このようなホゾは胴付きホゾといわれます。この胴の部分は、職人の手作業で丁寧に脚の形状に合わせて加工されることで、前脚と後脚をしっかり固定します。
体重のかかる後ろに向けて太さを増す形状をしています。その配置は、Yチェアを横からみると気付くように、その貫は地面と平行ではありません。後脚に向けて斜めに上昇するようにデザインされています。
⑬⑭ スリムなのに肉付きのよい「 貫(フロント・バック)」
角材を回転させながら削り出した丸棒は、中央部分はたわみにくくするため太くなっています。中央部にかけて太くなり、両端にかけて細くなる形状です。Yチェアの有機的な印象をつくるために細かな部分まで配慮したことを感じさせるパーツです。⑪⑫のように板状ではないため胴部分を加工する必要がなく、脚との接合部分は専用の機械で圧縮し、ホゾ穴にぴったりと合うように加工されています。
安定の座り心地を実現する「ペーパーコード」
Yチェアの座面は10mほどを結んで繋げながら全長約150mの紙ひもで編まれていますが、この作業には熟練の職人でも1時間程度の時間がかかります。
ペーパーコードはもともと収穫した穀物などを束ねるために用いられていた素材で、戦後間もなく安定した物資供給が難しかった時代に、安定したチェアの生産を可能にしました。木材を原料としたペーパーコードは、インテリア空間に自然と馴染む素材です。Yチェアに使われているペーパーコードは紙にワックスで若干の撥水性を持たせた紙を3本、表面が平滑になるように縒ったものです。原料の針葉樹の長い繊維は、ペーパーコード1本でも相当な強度を持ちますが、Yチェアの座面は3重の構造になっています。
通常の利用では革や布張りの座面と同じかそれ以上の耐久性を持つと言われ、何より木部とともに味わい深く色を濃くしていきます。長年の利用で傷んだ場合でも日本国内で職人の手により張り替えることができます。